2020年10月20日火曜日

台原小学校3年生総合学習「台原の達人になろう~土鈴づくり窯出しワークショップ~」

 今年で15回目になる土鈴づくりは、コロナ禍で開催を危ぶまれる中、子どもたちや先生たちの熱意で開催されました。全国どこでも各イベントが中止、延期のオンパレードの中、開催のオファーは来ないでしょう、と思い始めた6月2日になって、3年生の先生から連絡がありました。何もかも学校行事が自粛の中、遠慮がちなご依頼でしたが、こんな状況だからこそがんばろう、とお引き受けしました。

7月14日(火)

 学校で行った土鈴づくりは、3密を避けるため、いつものブルーシートはやめて、一人ひとり持ち寄ったレジャーシートに座って行いました。子どもたちはもちろん、参加者全員がマスク着用です。

 指導してくださる佐藤明彦師匠と吉夫師匠も、もちろんマスク。できるだけマイクを使って指導をして、最後の手直しの時にはいつもの倍広くした机に、透明プラスチックのシールドを立てました。順番待ちの時も距離をあけて待ちました。

 そうやって出来上がった、思いおもいのデザインをこらした土鈴は、いつものように堤町まちかど博物館の体験窯で焼かれ、子どもたちが窯出しにやってくる日を待ちました。


9月2日(水)

 酷暑が心配される中、その日は願ってもない曇りの天気。午前10時に子どもたちが早めにやってきた声がし始めました。短めの全体説明の後、登り窯を見るクラス、今年から佐大商店のお店に展示することになった堤焼と、古い堤人形を見るクラス、おひなっこやの堤人形を見るクラスと3つに分かれて見学です。3密を避ける工夫はそれぞれの場所でなされました。

 登り窯では、震災で壊れた登り窯をみんなで復興したことを聞き、新しいレンガにまじって、長い間高温に焼かれてつるつるになった古いレンガを触ってみたり、熱い火が上っていく仕組みを見たりしました。

6連の登り窯のお話を聞きます
窯の中に入ってみよう
ツルツルしているのが古いレンガだね

 お店の展示室では、3つのクイズが用意されていました。

 ①この焼き物は家のどの部分にありましたか?(鬼瓦)<答え:屋根>  
 ②これには何を入れましたか?(大甕)<答え:飲み水>  
 ③これは何につかいましたか?(湯通し)<答え:冷ご飯を温めた>

 子どもたちは堤焼の形や色に見入ったり、展示している中で最も古い、江戸時代の堤人形「谷風」を見て驚いたりしていました。つつみのおひなっこやでは明彦師匠のお話をきいたり、製作途中の堤人形に見入ったりしました。

展示室で堤焼のクイズに挑戦
谷風の堤人形もチェック
つつみのおひなっこやで、明彦師匠から堤人形の作り方を聞きます

 最後に、楽しみだった窯出しです。間隔をあけた列が長かったので、灰落としはしませんでしたが、一人ずつだいじそうに出来上がった土鈴をケースに入れていました。

土鈴はうまく焼けているかな?
窯出しは一人ひとつずつていねいに 右端は窯出しを見守る吉夫師匠

2019年11月11日月曜日

堤町再発見~堤町まちものがたり2~

20191017日(水)

仙台市三本松市民センターが主催する標記講座において、堤町まちかど博物館の六連の登り窯(2017年杜の都景観重要建造物等指定)の再生活動についてうかがいたいとの要望があり、センターに出かけてまいりました。参加者は、講座受講者と、登り窯を所有する佐大商店の佐藤邦子さんを含めて11名の方々。堤町まちかど博物館設立の経緯、震災前の活動、震災からの復興、震災後の活動について話をさせていただきました。
熱心に話を聞いてくださった参加者の皆さん
<堤町まちかど博物館設立の経緯>
三本松市民センターさんとのコラボは、1994年の「こども建築教室」に遡ります。その後1997年に、「堤町親子探訪」をお手伝いすることになり、ルートを下見しているとき、佐大窯の登り窯(大正7年築造)と、窯元の佐藤達夫さん(堤町まちかど博物館初代館長・佐大商店前店主)に巡り合いました。達夫さんによると、1981年に廃業したあとも、いつかは町の資料館にしようと、登り窯と隣接する旧作業場、江戸時代からの堤焼や堤人形、つくりかけの焼物、釉薬、焼物道具、人形型など、堤焼や堤人形に関する一切のものに手を付けず大切に守ってきたのだそうです。しかし、この場所は、都市計画道路川内南小泉線(2013年廃止)の中にすっぽり入っていて、いずれ壊される運命にあると嘆いておられました。
その後私たちは、計画道路は10年後まで着手されないことを知り、その間だけでも、ここを整備し、資料館として公開したいという達夫さんの夢をかなえてあげようと活動をはじめました。
20016月、佐大商店、つつみのおひなっこや(博物館敷地内の堤人形工房)150人を超える大学生や市民、ネットワーク仙台が力を合わせて清掃や展示物の整備に汗を流し、堤町まちかど博物館はオープンしました。

達夫さん(左端)から堤焼と登り窯の話を聞く

博物館の開設準備に励む大学生たち
<震災前の活動>
開館してからも、傷んでいた窯の土壁や上屋の屋根の修復を重ねていきました。2002年には、周囲が住宅街となった今では焼くことができない登り窯の代わりに、焼物が体験できる小さな窯を作りました。2003年には、敷地の北側に立っていた藩政時代の関税所役宅の御仲下改所(おすあいどころ・2001年夏解体)を記念した説明版を設置して博物館の展示に加えました。
博物館は、子どもから高齢者まで多くの人々に親しまれるようになりました。とりわけ、小学校(台原小、南小泉小、立町小、東長町小、沖野小、東二番丁小、八本松小、荒巻小等)の総合学習や子ども会活動としての焼物づくりや堤人形の絵付けなどの体験が盛んに行われるようになり、教育の場として活用されてきました。
登り窯の焚口脇に体験窯をつくる
御仲下改所跡に記念板を設置
焼物づくり体験ワークショップ










2019年11月10日日曜日

<震災からの復興>
20113月、博物館は東日本大震災により登り窯の半分がつぶれ、貴重な堤焼のいくつかも壊れるという甚大な被害を受けました。無残な姿に解体も止むを得ないかと思われましたが、達夫さんの奥様で、2代目館長の佐藤はつみさんの、「亡くなった主人が大事にしていたものだから、この窯を元に戻したい」というお気持ちをうかがったとき、登り窯を復興させなければとみんなで立ち上がったのです。
 複数の団体や個人からの資金援助をいただきました。その中には、アン・テーラー先生(建築と子供たち創設者)をはじめとする米国の建築と子供たち関係者の方々、広島の陶芸家の方々なども含まれています。
20117月から、60名の子どもたちや、佐藤吉夫さん(堤人形作家・つつみのおひなっこや)をはじめとする地域住民、市民有志など延べ430名の方々の協力を得て、崩れた3房を再生する作業に着手しました。まずは、レンガを再利用するため、崩れ落ちたレンガに固く付着していた粘土を斫りました。台原小や吉成小の子どもたちも必死に手を動かしました。斫り終わってみると、形や大きさがばらばらな56種類ものレンガから成っていることがわかり、修復を重ねてきたであろう窯の歴史と窯元の苦労に想いを馳せました。不足したレンガ2000個ほどは、将来窯に火を入れることも考えて耐火レンガを購入しました。
次は、レンガから斫りとった土やレンガくずを、どんづきという昔ながらの道具を使ってつぶし、ふるいにかけて土を作る作業です。吉成小の子どもたちが土埃にまみれながら手伝ってくれました。出来上がった土は、のちに耐火モルタルを混ぜてレンガの接着に使うとともに、窯の保護土としても使いました。
準備作業を終えると、築窯師の佐藤時朗さんを浜松から迎え、焼物づくりの職人も加わり、窯積み作業が行われました。私たち手元は、古いレンガを磨き、大きさごとにレンガを並べ、指示された通りのレンガを差し出す役目です。
 まずは、窯の立壁にレンガを積み、アーチ部分は型枠(古い型枠と新たに作った型枠を利用)を使い、その上にレンガを積んでいくのですが、左右両方からレンガを積み最後はキーストーンとなる台形のレンガをはめこみます。その直後に支柱を叩いて型枠を一気に落とすとレンガがせり持ってアーチが安定しました。
 約1か月間の窯積みが終わり、時朗さんは浜松に帰っていきました。その後は、窯に土を塗る仕事が待っていました。土づくりを手伝ってくれた吉成小の子どもたちが再び来てくれて、窯の壁やアーチ部分に土を塗りました。
6房のうち3房が崩壊
固まった粘土を研ってレンガと土を再利用
どんづきでレンガくずや研りとった土をつぶす
  左 型枠の上にレンガを積んだ窯
中央 型枠をはずした窯    
右 レンガ積みが終了した窯
窯のアーチ部分に保護土を塗る
窯の壁に保護土を塗る
完成した登り窯
201210月、はつみさん、吉夫さん、地域の方々など窯の再生に携わった皆さんが集まり、火入れ式を行い、窯の中でカフェを開き、復興を祝いました。達夫さんも天国から見守ってくれていたことと思います。
窯に火を入れて復興を祝う
復興記念カフェを開催
子どもたちの感想から
・「学校の行事で来た時に見た登り窯とはまったく違っていた。昔の人が手間暇かけて作った登り窯が壊れて残念で、ぜひ復元したいと思った」(台原小学校4年生)
・「窯を直すのにこんな難しかったなんて思ってもいませんでした。でも私たちが直した窯がキレイになって嬉しかった」(吉成小学校6年生)
「震災当時、窯はめちゃくちゃにくずれていたがよくなおせたと思った。
ぼくは修復工事に4回行ったが、何回も行っているうちに工事がとても楽しくなってきた。ものすごい昔からあるこの堤町の佐大ギャラリーと窯は心が和む場所でもあるし、工事しているうちにどろだらけになりながらやっていたこともこれで報われると思います」(吉成小学校6年生)

2019年11月9日土曜日

<復興後の活動>
 2013年から2014年にかけて、登り窯復興記念板設置、堤焼カメ転倒防止木枠台設置、堤焼や堤人形のキャプション製作、堤人形「谷風」の桐箱修理など展示関係の整備を行いました。こうして復興を遂げた博物館では、「堤町・まち物語」(2014年/主催:三本松市民センター)、「干支人形の絵付けとお披露目」(2014年、2015年)、「登り窯と堤焼・堤人形の見学会+焼き物体験」(2014年、2016年)、「堤町再発見」(2016年/主催:三本松市民センター)、「堤人形のおひなさま展+登り窯100歳記念カフェ」(2018年)など様々な企画が実施され、大勢の人々が訪れました。
2018年と2019年には、建築と子供たちを使って、六郷小、立町小、台原小とデザイン学習で交流した米国南フロリダ大学の大学生と先生が来訪、登り窯や堤焼や堤人形を見学、七夕土鈴の絵付けを体験しました。

2006年から始まった台原小3年生の土鈴づくりは、被災した2011年も休むことなく2019年まで毎年行われています。3年生は、吉夫さんと佐藤明彦さん(堤人形作家・つつみのおひなっこや)の手ほどきを受けながら、学校で土鈴をつくり、乾燥させたあと博物館の体験窯で焼いてもらい、博物館へ窯出しにやってくるのです。そのときに、登り窯や展示室、つつみのおひなっこやを見学します。登り窯では、震災で壊れた登り窯がみんなの力で復興したことを知り、火が登っていく仕組みやガラスのようにつるつるになっている古いレンガを発見したり、窯のアーチ構造を体感してみるワークショップを体験します。また、展示室やおひなっこやでは、水道がなかったころ使われた水がめなど昔の生活必需品としての堤焼や、子どものおもちゃだったという堤人形を見て回り、堤焼や堤人形の作り方などを学びました。
堤人形のおひなさま展
南フロリダ大学の皆さんも来訪
土鈴の窯出しにやってきた台原小3年生
火がのぼっていく穴を発見
窯から出されるのを待つ土鈴たち
窯から出した土鈴を受け取る子どもたち
18年間の取り組みを駆け足で説明したのでわかりにくい部分もあったかと思いますが、参加した方々からは、子どもが参加していることへの評価の言葉や、登り窯の活用策の提案もいただくなど、ネットワーク仙台にとっても有意義な時間を持つことができました。

このような機会を与えていただいた三本松市民センター様、清聴していただいた参加者の皆様に心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。