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2023年10月31日火曜日

堤町まちかど博物館の活動について発表しました

2023年10月31日(火)

ネットワーク仙台は、仙台伝統ものづくり塾「堤焼の歴史を知るー佐大商店登り窯を訪ねて」(会場:柏木市民センター)において、堤町まちかど博物館(以下博物館)の活動について発表してきました。

今回の講座は、いきいき青葉区推進協議会と仙台伝統ものづくり塾実行委員会が主催、柏木市民センターが共催した全2回の講座のうち、2回目として実施されました。1回目は、堤焼展示室として使われていた博物館2階の旧作業場にて、つつみのおひなっこやの佐藤吉夫師匠の指導のもと、堤人形の泥面子の型抜きが行われたそうです。

今回の講座の参加者は13名。博物館館長の佐藤くに子さんも特別ゲストとして参加されました。

講座が始まる前に、つつみのおひなっこやの佐藤明彦師匠に焼いていただいたという素焼きの作品が参加された皆さんに手渡され、はじめてご自分の作品と対面。皆さん嬉しそうに眺めていました。

講座では、はじめに、10年前にNHKで放送された、博物館の登り窯や堤焼・堤人形を紹介する番組を視聴。その後、この講座の発案者で、博物館の片付けや展示等でお世話になっている青木三郎さんから、登り窯の歴史などについてお話がありました。

ネットワーク仙台からは、1997年に三本松市民センターの堤町親子探訪をお手伝いしたことがきっかけとなり、佐大窯4代目窯元の佐藤達夫さんに協力して2001年に博物館の開設に至ったこと、その10年後、東日本震災により六連の登り窯の3房が崩れるという被害を受けたため、子供60人を含む430人が力を合わせて窯を再生させたこと、そして、焼物づくりや堤人形の絵付け、台原小3年生の土鈴づくり体験など、開館から今日までの活動について紹介しました。

参加された方々は、登り窯にとても興味を抱かれたようで、「仙台に引っ越してきてはじめて登り窯をみたとき、こんな街のなかに登り窯があるなんてと、とても驚きました」「いつか窯に火をいれることができないだろうか」といった感想をいただきました。

講座終了後、青木さんから写真が送られてきました。11月6日、青木さんと2名の参加者の方が吉夫師匠の手ほどきを受けて、素焼きの泥面子に絵付けをしたのだそうです。いずれも独創的でユーモラスな出来栄え。見るとにっこりしたくなる楽しい作品でした。

堤町まちかど博物館の活動について発表

2011年、東日本大震災で六連の登り窯の3房が崩落

2011年~2012年、崩れたレンガにこびりついた土を斫り、レンガを再生する

復興した登り窯

2019年、土鈴の窯出しに博物館を訪れた台原小学校3年生

泥面子の型と、型抜きした泥面子


泥面子の愉快な仲間たち

2023年10月1日日曜日

堤人形干支絵付けわーくしょっぷ

2023年10月1日(日)

翌年の干支の堤人形に絵付けをする毎年恒例のわーくしょっぷ。

2024年の干支は<辰(タツ)>。今年は、堤町から青葉区北根に移転新築されたばかりの、つつみのおひなっこやの新店舗を会場に、日本建築家協会東北支部宮城地域会との共催で実施しました。

9名の方々がやる気満々で集まりました。指導は、つつみのおひなっこやの佐藤明彦師匠です。師匠は、白く塗られた人形に、どのような順番でどのように絵付けをするのか、丁寧に教えてくれました。

はじめに、尻尾と雲をのぞいて全面に緑色を塗りました。「あまり色を濃くしないように。薄く塗ったほうがうろこの感じが出てきます」と師匠。次に、あご下からお腹、尻尾を薄緑色に塗ったあと、作業は段々と細かくなり、さらに集中力が必要になってきました。口、耳、鼻の孔、横腹で燃え盛る炎を朱色、2本の角は茶色、長く伸びるひげと、くるくる巻いた眉毛と、宝珠を金色に、という具合です。そして、ガオーと開いた口の中の6本の牙と、宝珠を握る3本の指の爪と、白目を白色に塗りました。最後は、白目の真ん中に黒で丸く目を入れ、辰が乗っている雲を灰色で描き、完成しました。昨年の寅も難しかったのですが、今回はそれを上回る難しさ。終わると皆さんふーっと一息。

おしまいに、全員の作品を並べて記念撮影。勇ましくもあり、可愛らしくもある辰たちが勢ぞろいしました。

「色はここまできちんと塗ってください」と指導する明彦師匠

息を止めて長く伸びるひげを描きました

「2024年は俺たちの年だぞ!ガオー!!」

2023年7月4日火曜日

台原小3年生総合学習「台原の達人になろう!」

2023年7月4日(火)

今年も、台原小学校3年生の堤町まちかど博物館の見学が行われました。この活動は、JIA宮城とネットワーク仙台が連携して、台原小学校に協力して実施されたものです。

今年の3年生は3クラス106名。3年生は、密をさけるため、クラスごとに時間をずらして堤町にやってきました。そして、各クラス3グループに分かれて、登り窯、堤人形展示室、堤焼展示室を巡りました。

グループに分かれる前に、登り窯の前に全員集まって渋谷セツコさん(JIA宮城・ネットワーク仙台)から、堤町まちかど博物館館長の佐藤くに子さんやネットワーク仙台メンバーの紹介がありました。また、博物館前の道路は、昔、江戸から青森の三厩(みんまや)まで通っていた奥州街道という重要な道だったこと、目の前にある窯で堤焼という焼物が作られていたことなどについてお話を聞きました。

「この窯で堤焼が作られました」と渋谷さん

登り窯にはどんなひみつがあるのかな?
1か所目の登り窯では、永野ますみさん(JIA宮城・ネットワーク仙台)から、6つの窯が連なって階段状に登る形なので、六連の登り窯と呼んでいること、坂を利用して作られた窯は、坂の下に焚き口があり、熱い火は上に登っていく効率的な構造になっていること、東日本大震災では、上から3つの窯が壊れ、大勢の人が協力して復興したことなど、窯の構造や仕組み、震災後の復興活動などについて説明を受けました。
登り窯は、レンガをアーチ状に組み立ててトンネル状にしたボールトという形をしていて、とても丈夫な建築構造になっています。子供たちはアーチの構造はどこに力がかかっているか、二人一組でアーチをつくってみることに。すると、足と腕に力がかかって、足が折れたらアーチも崩れてしまうことを体で感じることができました。
子供たちは、窯の壁の下のほうに開いているいくつもの小さい穴を発見。これは、この穴から火が上の窯に登っていく仕組みであることを聞きました。焚口には、お供え棚があり、昔は火入れをする前に神様にお祈りしていたことも知りました。

東日本大震災で壊れて直した3つの窯では、何回も焼かれたために黒く光っている古いレンガと、全く焼かれていない赤い新しいレンガが混ざっていることを見て触って確かめることができました。

窯を見ていろいろ疑問に思ったことを、永野さんから教えていただきました。
  1. 焼き物を作るのにどのくらい時間がかかったの?→7日間ぐらい
  2. どうやって温度を調整していたの?→色見というのぞき穴から笹竹を投げ入れ、その炎の色で1000度から1200度ぐらいになっているかを確認。温度が低いと感じたら焚口に薪を足して燃やした
  3. どうやって登り窯をつくるの?→アーチ部分は、窯の上にのっているアーチ状の木製型枠を使ってレンガを積んでいた
二人一組になってアーチを作ってみよう

焚口から薪を入れて火をつけたことを永野さんから聞きました

堤人形はどう作るの?
堤人形展示室に集まった子供たち。この部屋は、以前ここをお店に使っていた「つつみのおひなっこや」が別の場所に移転したため、新たに堤人形の展示室として生まれ変わったばかりです。
展示の整備は、佐藤くに子館長、ボランティアの青木さんと鹿戸さんによって行われました。
ここに入るとたくさんの堤人形が目に飛び込んできて、興味津々の子供たち。
さっそく、堤人形の作り方について、「つつみのおひなっこや」の佐藤明彦師匠から教えていただきました。
  • 堤人形は江戸時代から伝えられてきた型を使って作る
  • 表と裏の2つの型のそれぞれに粘土を押し付けてから2つを合わせて両方の粘土をくっつける
  • しばらく置いてから型をはずすと人形が現れる
  • 人形を乾かしてから窯で焼いたあと、人形に胡粉という白い粉を塗り、その上に色をつけて堤人形が出来上がる
ここで、明彦師匠から「堤人形を焼くときの温度はどのくらいだと思う?」と聞かれた子供たち。100度ぐらいと低い温度を言った子が多かったのですが、師匠の答えは、800度から1000度。意外に高い温度に驚いていました。

明彦師匠(右端)から堤人形は型を使って作ることを教わりました

堤焼クイズに挑戦しよう!
最後に回ったのは堤焼の展示室です。子供たちは台の上に乗っているたくさんの堤焼を見て、クイズの堤焼がどこにあるのかを探し、その使い方を当てていきました。

クイズは次の3つです。

A:鬼瓦は家のどこに置かれましたか
キッチンのかべ
屋根の上
トイレのかべ

B:大がめは何をいれて使いましたか
お酒
お風呂のお湯

C:これは何に使うものですか
植木ばち
花びん
冷たいごはんをあたためる

Cのクイズ
底に穴が開いたこの焼物は何に使うんだろう?

鬼瓦はすぐに発見。おかれた場所は、屋根の上が一番多くて、トイレやキッチンの壁という答えが少数ながらありました。大がめは、「酒」や「お風呂のお湯」という答える子もいましたが、多かったのが「水」。水道がなかった昔は、井戸から水を汲んできてかめに溜めて料理や洗い物に使ったことや、水汲みは子供たちの仕事だったことを聞いてびっくり。Cでは、「花びん」や「植木鉢」という答えに混じって、「冷たいご飯を温める」と本当の使い方を当てる子も結構いました。電気も電子レンジもない時代、この中に冷たいご飯を入れ、湯を張った器のなかにざぶざぶとつけて、引き上げるとご飯が温まる「湯通し」という道具であることを知りました。

クイズにはなかったのですが、台の上に置かれた「帽子のようなものは何?」と質問が出ました。それは「ときん」と言って、小さいものは電柱用、大きいものは門柱用で、昔はどちらも木で出来ていたので雨があたっても腐らないようにするため被せていたことを聞き、焼物がのった木の電柱や門柱にイメージを膨らませていました。

堤焼クイズに挑戦する子供たち

メモをとりながら熱心に博物館を見学した子供たち、「また来るね!」と言って元気に学校へと戻っていきました。

2022年8月8日月曜日

台原小学校3年生総合学習「台原の達人になろう!」

2022年7月5日(火)

JIA宮城とネットワーク仙台が連携して行われた台原小学校3年生の総合学習は、今年もコロナ禍のため土鈴づくりが取りやめとなり、博物館の見学のみが実施されました。

今年の3年生は3クラス93名。密を避けるため、クラスごとに時間をずらして堤町にやってきました。子供たちは、各クラス3グループに分かれて、登り窯、堤人形・ダルマ、堤焼を巡りました。

グループに分かれる前に、登り窯の前に全員集まって、渋谷セツコさん(JIA宮城・ネットワーク仙台)から、堤町まちかど博物館館長の佐藤くに子さん、博物館の展示でお世話になっている地元の青木さんと鹿戸さん、ネットワーク仙台メンバーの紹介がありました。   

また、博物館の前の道路は、昔は江戸から青森の三厩まで通っている奥州街道という重要な道だったこと、目の前にある窯で堤焼という焼物が焼かれていたことなどのお話しを聞きました。

この窯で堤焼という焼物が作られていました

<登り窯にはどんなひみつがあるのかな?>
1か所目の登り窯では、6つの窯が連なって階段状に登る形なので、六連の登り窯と呼んでいること、焚き口が下にあり、熱い火は上に登っていく仕組みになっていること、東日本大震災で、上から3つの窯が壊れ、大勢の人が協力して復興したことなど、窯の構造や仕組みなどについて説明を受けました。
青木さんからは、この窯が今年で104歳になることを教えられました。
その後、「窯のレンガがどういう気持ちなのか、体を使って感じてみよう」とセツコさん。二人一組になり、手を合わせて押し合いました。すると「つっぱりあっているのがわかった!」と子供たち。突っ張り合いはアーチという構造のなかで働いている力であること、登り窯はアーチが連なってボールトという構造になっていることを知りました。
昨年までは窯の中に入って見学できましたが、3月の地震で窯にひびが入って危険なため、今年は入り口のレンガを触ってみるだけになりました。それでも、黒くてピカピカしているレンガは何回も焼かれた昔のもので、赤いレンガは全く焼かれていない新しいものであることを、見て触って確かめることができました。
子供たちは不思議なものを発見。入り口が塞がれている窯と、壁に開いている小さい丸い穴です。入口をレンガや土でふさぐのは火が外に出ないようにするためと、穴は「色見」といって火のようすを見るためにあるという説明に熱心にメモをとっていました。
窯のアーチはつっぱりあっているんだね

入口から窯のなかのレンガを触ったり、「色見」(左の壁の上)を見つけたりしました

<堤人形やダルマはどう作るの?>
つつみのおひなっこやの店舗は別の場所に移転したため、今回は屋外で佐藤明彦師匠から堤人形とダルマの作り方について教えていただきました。
  • 堤人形は江戸時代から伝えられてきた型を使って作る
  • 表と裏の2つの型を使う
  • 2つの型のそれぞれに粘土を押し付けてから、2つを合わせて両方の粘土をくっつける
  • しばらく置いてから型をはずすと人形が現れる。中は空洞になっている
  • 人形を乾かしてから窯で焼き、そのあと人形に胡粉という白い粉を塗り、その上に色をつけると堤人形が出来上がる
ここで、明彦師匠から「堤人形を焼くときの温度はどのくらいだと思う?」と聞かれた子供たち。「30度!」「90度!」などいろいろな声があがりましたが、「800度から1000度だよ」という明彦師匠の答えに驚いた様子でした。次のクイズは、「ダルマに使われている材料は何だろう」。これには「石」「プラスチック」「コンクリート」などこちらも様々な答えが。師匠は「答えは紙です。ダルマも型を使って作りますが、型は木でできていて、その上に紙を何枚も張って作ります。底になる土台だけは乾燥させた土で作ります」。最後に胡粉を塗り、色を付ける工程は堤人形と同じだそうです。

「堤人形は2つの型を使って作るんだよ」と明彦師匠

<堤焼クイズに挑戦しよう!>
最後に回ったのは堤焼の展示室です。子どもたちはクイズの紙を手に持って入ってきました。台の上に乗っている堤焼の数々を見て、クイズの堤焼がどこにあるのかを探し、その使い方を当てるのです。

クイズは次の3つです。

A:鬼瓦は家のどこに置かれましたか
 ① キッチンのかべ
 ② 屋根の上
 ③ トイレのかべ

B:大がめは何をいれて使いましたか
 ① 水
 ② お酒
 ③ お風呂のお湯

C:これ(下の写真)は何に使うものですか
 ① 植木ばち
 ② 花びん
 ③ 冷たいごはんをあたためる


鬼瓦はすぐに発見。おかれた場所は、屋根の上が一番多くて、トイレやキッチンの壁という答えが少数ながらありました。

大がめは、多かったのが「酒」と「水」。
水道がなかった昔は、井戸から水を汲んできてかめに溜めて料理や洗い物に使ったことを話すと、鹿戸さんが「水汲みはだれがやったのでしょう?」子供たちはシーン。「君たち子供の仕事だったんだよ。井戸のない家では別の家まで水をもらいにいったんだ」と話すと「えーっ」と絶句。

Cでは、「植木鉢」が多かったのですが、「冷たいご飯を温める」という本当の使い方をいい当てた子も結構いました。
電気も電子レンジもない時代、この中に冷たいご飯を入れ、湯を張った器のなかにざぶざぶとつけて、引き上げるとご飯が温まる「湯通し」という道具であることを話すと感心しきりでした。
水道がなかった昔は水がめが必要だったと知りました
鹿戸さん(右から3人目)に、水汲みは子供の仕事だったと教えられました

湯通しは電気も電子レンジもない時代に生きた人々の知恵

見学を終えた子供たち。博物館への興味がつきなかったのか、「明日も来る!」「今日も来る!」と言い残して学校へと帰っていきました。

2021年9月28日火曜日

台原小学校3年生総合学習「台原のひみつ大発見!」

 2021年9月28日(火)

台原小学校3年生は、毎年、学校で土鈴をつくり、堤町まちかど博物館での見学と土鈴の窯出しを行ってきましたが、今年はコロナ禍のため土鈴づくりが取りやめとなり、博物館の見学のみが実施されました。

今年の3年生は3クラス95名。密を避けるため、クラスごとに時間をずらして堤町にやってきました。各クラスは3グループに分かれ、登り窯、つつみのおひなっこや、堤焼展示室(佐大ギャラリー)を順に巡りました。

<登り窯にはどんなひみつがあるのかな?>

登り窯では、佐藤吉夫師匠やネットワーク仙台から登り窯の歴史や構造などについて話を聞きました。

  • 窯は、大正7年にできて今年で103才になる。昭和40年代までこの窯で堤焼が作られていた
  • 6つの窯が連なって階段状に登る形なので、六連の登り窯と呼んでいる
  • 焚き口が下にあり、熱い火は上に登っていく仕組みになっていて、一度に6つの窯全部に火がつく。たくさんの焼き物を作るのに効率のよい形をしている
  • レンガをアーチ状に組み立てトンネル状にしたボールトという形をしている
  • 東日本大震災で、上から3つの窯が壊れ、大勢の人が協力して復興した。古いレンガと新しいレンガが混ざっている
  • 窯の下に開いている穴は火が登るための空気穴
  • 焼き物を窯に入れたあと、火が外に漏れないように窯の入口をレンガや土で塞いだ
  • 窯の上にのっている木の型はレンガのアーチを作るために使った
  • 窯の温度は1200度まであがる
  • 台原小学校の校庭の下にも焼き物を作る良い土がある
  • 壊れた焼き物は土に戻して作り直しができるのでゴミが出ない

登り窯の歴史や仕組みを聞きました
「焼くときは、入り口をレンガや土で塞いだんだよ」と吉夫師匠
古いレンガはツルツルしているね

<堤人形やダルマはどう作るの?>
つつみのおひなっこやでは、佐藤明彦師匠から堤人形とダルマの作り方について教えていただきました。
  • 堤人形は江戸時代から伝えられてきた型を使って作る
  • 表と裏の2つの型を使う
  • 2つの型のそれぞれに粘土を押し付けてから、2つを合わせて両方の粘土をくっつける
  • しばらく置いてから型をはずすと人形が現れる。中は空洞になっている
  • 人形を乾かしてから窯で焼き、そのあと人形に胡粉という白い粉を塗り、その上に色をつけると堤人形が出来上がる

次に、明彦師匠から「ダルマに使われている材料は何だろう」というクイズが出されました。
「木」「プラスチック」「石」などいろいろな答えがでましたが、師匠は「答えは紙です。ダルマも型を使って作りますが、型は木でできていて、その上に紙を何枚も張って作ります。底になる土台だけは乾燥させた土で作ります」。最後に胡粉を塗り、色を付ける工程は堤人形と同じだそうです。
「型をはずすと堤人形が出てくるんだよ」と明彦師匠

<堤焼クイズに挑戦しよう!>
最後に回ったのは堤焼の展示室です。子どもたちはクイズの紙を手に張り切って入ってきました。台の上に乗っている堤焼の数々を見て、クイズの堤焼がどこにあるのかを探し、その使い方を当てるのです。

クイズは次の3つです。

A:鬼瓦は家のどこに置かれましたか
  1.  キッチンのかべ
  2.  屋根の上
  3.  トイレのかべ
B:大がめは何をいれて使いましたか
  1.  水
  2.  お酒
  3.  お風呂のお湯
C:これは何に使うものですか
  1.  植木ばち
  2.  花びん
  3.  冷たいごはんをあたためる
鬼瓦はすぐに発見。おかれた場所は、屋根の上が一番多くて、キッチンのかべという答えもありました。大がめは、「お風呂のお湯」が多かったのですが、「水」と正解を答えた子もいました。
そこで、「水道がなかった昔は、井戸から水を汲んできてかめに溜めて料理や洗い物に使った。水汲みは子どもの仕事だったんだよ」と話すと「えーっ、重いよ」。Cでは、「花びん」と言う子に、友だちが「でも底に穴が開いているので水が漏れるよ」。結局植木鉢と答えていました。そんなやりとりのなかで、「冷たいごはんを温めるもの」と本当の使い方を当てた子もいました。
この中に冷たいご飯を入れ、湯を張った器のなかにざぶざぶとつけて、引き上げるとご飯が温まる「湯通し」という道具であることを話すと、電気も電子レンジもない時代に暮らした人々の知恵に、子どもたちは「昔の人は頭がいいね」と感心しきりでした。
クイズの堤焼を見つけよう
大きいカメはお風呂のお湯を入れたのかな?
隣で鬼瓦が「わかるかな?」

「湯通し」は昔の電子レンジだね

どの場所でも熱心に話を聞きメモを取っていた子どもたち。
見学を終えると笑顔で手を振りながら元気に学校に戻っていきました。

2021年9月2日木曜日

台原小学校3年生総合学習「台原の達人になろう~土鈴づくり窯出しワークショップ~」

 今年で15回目になる土鈴づくりは、コロナ禍で開催を危ぶまれる中、子どもたちや先生たちの熱意で開催されました。全国どこでも各イベントが中止、延期のオンパレードの中、開催のオファーは来ないでしょう、と思い始めた6月2日になって、3年生の先生から連絡がありました。何もかも学校行事が自粛の中、遠慮がちなご依頼でしたが、こんな状況だからこそがんばろう、とお引き受けしました。

7月14日(火)

 学校で行った土鈴づくりは、3密を避けるため、いつものブルーシートはやめて、一人ひとり持ち寄ったレジャーシートに座って行いました。子どもたちはもちろん、参加者全員がマスク着用です。

 指導してくださる佐藤明彦師匠と吉夫師匠も、もちろんマスク。できるだけマイクを使って指導をして、最後の手直しの時にはいつもの倍広くした机に、透明プラスチックのシールドを立てました。順番待ちの時も距離をあけて待ちました。

 そうやって出来上がった、思いおもいのデザインをこらした土鈴は、いつものように堤町まちかど博物館の体験窯で焼かれ、子どもたちが窯出しにやってくる日を待ちました。


9月2日(水)

 酷暑が心配される中、その日は願ってもない曇りの天気。午前10時に子どもたちが早めにやってきた声がし始めました。短めの全体説明の後、登り窯を見るクラス、今年から佐大商店のお店に展示することになった堤焼と、古い堤人形を見るクラス、おひなっこやの堤人形を見るクラスと3つに分かれて見学です。3密を避ける工夫はそれぞれの場所でなされました。

 登り窯では、震災で壊れた登り窯をみんなで復興したことを聞き、新しいレンガにまじって、長い間高温に焼かれてつるつるになった古いレンガを触ってみたり、熱い火が上っていく仕組みを見たりしました。

6連の登り窯のお話を聞きます
窯の中に入ってみよう
ツルツルしているのが古いレンガだね

 お店の展示室では、3つのクイズが用意されていました。

 ①この焼き物は家のどの部分にありましたか?(鬼瓦)<答え:屋根>  
 ②これには何を入れましたか?(大甕)<答え:飲み水>  
 ③これは何につかいましたか?(湯通し)<答え:冷ご飯を温めた>

 子どもたちは堤焼の形や色に見入ったり、展示している中で最も古い、江戸時代の堤人形「谷風」を見て驚いたりしていました。つつみのおひなっこやでは明彦師匠のお話をきいたり、製作途中の堤人形に見入ったりしました。

展示室で堤焼のクイズに挑戦
谷風の堤人形もチェック
つつみのおひなっこやで、明彦師匠から堤人形の作り方を聞きます

 最後に、楽しみだった窯出しです。間隔をあけた列が長かったので、灰落としはしませんでしたが、一人ずつだいじそうに出来上がった土鈴をケースに入れていました。

土鈴はうまく焼けているかな?
窯出しは一人ひとつずつていねいに 右端は窯出しを見守る吉夫師匠

2019年11月11日月曜日

堤町再発見~堤町まちものがたり2~

20191017日(水)

仙台市三本松市民センターが主催する標記講座において、堤町まちかど博物館の六連の登り窯(2017年杜の都景観重要建造物等指定)の再生活動についてうかがいたいとの要望があり、センターに出かけてまいりました。参加者は、講座受講者と、登り窯を所有する佐大商店の佐藤邦子さんを含めて11名の方々。堤町まちかど博物館設立の経緯、震災前の活動、震災からの復興、震災後の活動について話をさせていただきました。
熱心に話を聞いてくださった参加者の皆さん
<堤町まちかど博物館設立の経緯>
三本松市民センターさんとのコラボは、1994年の「こども建築教室」に遡ります。その後1997年に、「堤町親子探訪」をお手伝いすることになり、ルートを下見しているとき、佐大窯の登り窯(大正7年築造)と、窯元の佐藤達夫さん(堤町まちかど博物館初代館長・佐大商店前店主)に巡り合いました。達夫さんによると、1981年に廃業したあとも、いつかは町の資料館にしようと、登り窯と隣接する旧作業場、江戸時代からの堤焼や堤人形、つくりかけの焼物、釉薬、焼物道具、人形型など、堤焼や堤人形に関する一切のものに手を付けず大切に守ってきたのだそうです。しかし、この場所は、都市計画道路川内南小泉線(2013年廃止)の中にすっぽり入っていて、いずれ壊される運命にあると嘆いておられました。
その後私たちは、計画道路は10年後まで着手されないことを知り、その間だけでも、ここを整備し、資料館として公開したいという達夫さんの夢をかなえてあげようと活動をはじめました。
20016月、佐大商店、つつみのおひなっこや(博物館敷地内の堤人形工房)150人を超える大学生や市民、ネットワーク仙台が力を合わせて清掃や展示物の整備に汗を流し、堤町まちかど博物館はオープンしました。

達夫さん(左端)から堤焼と登り窯の話を聞く

博物館の開設準備に励む大学生たち
<震災前の活動>
開館してからも、傷んでいた窯の土壁や上屋の屋根の修復を重ねていきました。2002年には、周囲が住宅街となった今では焼くことができない登り窯の代わりに、焼物が体験できる小さな窯を作りました。2003年には、敷地の北側に立っていた藩政時代の関税所役宅の御仲下改所(おすあいどころ・2001年夏解体)を記念した説明版を設置して博物館の展示に加えました。
博物館は、子どもから高齢者まで多くの人々に親しまれるようになりました。とりわけ、小学校(台原小、南小泉小、立町小、東長町小、沖野小、東二番丁小、八本松小、荒巻小等)の総合学習や子ども会活動としての焼物づくりや堤人形の絵付けなどの体験が盛んに行われるようになり、教育の場として活用されてきました。
登り窯の焚口脇に体験窯をつくる
御仲下改所跡に記念板を設置
焼物づくり体験ワークショップ










2019年11月10日日曜日

<震災からの復興>
20113月、博物館は東日本大震災により登り窯の半分がつぶれ、貴重な堤焼のいくつかも壊れるという甚大な被害を受けました。無残な姿に解体も止むを得ないかと思われましたが、達夫さんの奥様で、2代目館長の佐藤はつみさんの、「亡くなった主人が大事にしていたものだから、この窯を元に戻したい」というお気持ちをうかがったとき、登り窯を復興させなければとみんなで立ち上がったのです。
 複数の団体や個人からの資金援助をいただきました。その中には、アン・テーラー先生(建築と子供たち創設者)をはじめとする米国の建築と子供たち関係者の方々、広島の陶芸家の方々なども含まれています。
20117月から、60名の子どもたちや、佐藤吉夫さん(堤人形作家・つつみのおひなっこや)をはじめとする地域住民、市民有志など延べ430名の方々の協力を得て、崩れた3房を再生する作業に着手しました。まずは、レンガを再利用するため、崩れ落ちたレンガに固く付着していた粘土を斫りました。台原小や吉成小の子どもたちも必死に手を動かしました。斫り終わってみると、形や大きさがばらばらな56種類ものレンガから成っていることがわかり、修復を重ねてきたであろう窯の歴史と窯元の苦労に想いを馳せました。不足したレンガ2000個ほどは、将来窯に火を入れることも考えて耐火レンガを購入しました。
次は、レンガから斫りとった土やレンガくずを、どんづきという昔ながらの道具を使ってつぶし、ふるいにかけて土を作る作業です。吉成小の子どもたちが土埃にまみれながら手伝ってくれました。出来上がった土は、のちに耐火モルタルを混ぜてレンガの接着に使うとともに、窯の保護土としても使いました。
準備作業を終えると、築窯師の佐藤時朗さんを浜松から迎え、焼物づくりの職人も加わり、窯積み作業が行われました。私たち手元は、古いレンガを磨き、大きさごとにレンガを並べ、指示された通りのレンガを差し出す役目です。
 まずは、窯の立壁にレンガを積み、アーチ部分は型枠(古い型枠と新たに作った型枠を利用)を使い、その上にレンガを積んでいくのですが、左右両方からレンガを積み最後はキーストーンとなる台形のレンガをはめこみます。その直後に支柱を叩いて型枠を一気に落とすとレンガがせり持ってアーチが安定しました。
 約1か月間の窯積みが終わり、時朗さんは浜松に帰っていきました。その後は、窯に土を塗る仕事が待っていました。土づくりを手伝ってくれた吉成小の子どもたちが再び来てくれて、窯の壁やアーチ部分に土を塗りました。
6房のうち3房が崩壊
固まった粘土を研ってレンガと土を再利用
どんづきでレンガくずや研りとった土をつぶす
  左 型枠の上にレンガを積んだ窯
中央 型枠をはずした窯    
右 レンガ積みが終了した窯
窯のアーチ部分に保護土を塗る
窯の壁に保護土を塗る
完成した登り窯
201210月、はつみさん、吉夫さん、地域の方々など窯の再生に携わった皆さんが集まり、火入れ式を行い、窯の中でカフェを開き、復興を祝いました。達夫さんも天国から見守ってくれていたことと思います。
窯に火を入れて復興を祝う
復興記念カフェを開催
子どもたちの感想から
・「学校の行事で来た時に見た登り窯とはまったく違っていた。昔の人が手間暇かけて作った登り窯が壊れて残念で、ぜひ復元したいと思った」(台原小学校4年生)
・「窯を直すのにこんな難しかったなんて思ってもいませんでした。でも私たちが直した窯がキレイになって嬉しかった」(吉成小学校6年生)
「震災当時、窯はめちゃくちゃにくずれていたがよくなおせたと思った。
ぼくは修復工事に4回行ったが、何回も行っているうちに工事がとても楽しくなってきた。ものすごい昔からあるこの堤町の佐大ギャラリーと窯は心が和む場所でもあるし、工事しているうちにどろだらけになりながらやっていたこともこれで報われると思います」(吉成小学校6年生)