2019年6月1日(土)
南フロリダ大学オーナーズカレッジの酒井敦子さんを講師に、建築と子どもたちデザインLABO関西主催で勉強会「はじめての建築と子供たち in 大阪」が行われ、建築と子供たちネットワーク仙台も共催。会場となった新大阪駅前のアットビジネスセンターには、建築、教育、デザイン、服飾、グラフィックデザインなどに関わる方々が、大阪や京都や兵庫など関西各地から集まりました。
はじめに、参加者24名全員が自己紹介。その後、酒井さんから「建築と子供たちをはじめるにあたり」の講演と、ワークショップ「ペーパーストラクチャ―をつくろう」の指導をしていただきました。
<講演「建築と子供たちをはじめるにあたり」>
講演は、建築と子供たちの、歴史的背景、根源的な哲学、プログラムの基本構成、プロジェクトの展開、教育とのかかわり、評価などについて、事前の質疑にも答えながら、ワークショップを挟んで2回にわけて行われました。
● 歴史的背景と流れ
はじめに、建築家が環境教育に関わる意義として、“Learning by Design”1前文のアラン・サンドラー氏の以下の言葉を紹介したい。
「建築は、環境に影響する数多くの要素の中で最も重要なものです。環境や建築を理解している市民は、よい判断をし、質のよさを求めます。建築ほど我々の毎日に密着した芸術の形は他にありません。私たちは建物の中で生活し、勉強し、遊んでいます。もし建築家が建築に影響を与えようとし、その効果の継続を望むならば、環境教育に努力、投資すべきです。だから、私たち建築家は環境教育をサポートし、環境教育に深く携わる活動家なのです。」
註1:AIA(アメリカ建築家協会)が1981年に制定した環境教育プログラム認定制度
「環境デザインや建築は、科学と芸術を合体し、 デザインを通して人と交流できるところが面白いと思い、 人とデザインの関わりから、学校建築や教育に興味を持った」と、 建築と子供たちをはじめるきっかけについて話す酒井さん |
● 歴史的背景と流れ:環境/建築教育のはじまりと世界の建築と子供たち普及状況
アメリカでは、1960年代より、AIA、School Zone Institute(アン・テーラー博士主宰)、Center for City Building Education(ドリーン・ネルソン氏主宰)、Center for Understanding the Built Environment(ジニー・グレイブス氏主宰)など様々な団体が建築と子供に関する環境教育に携わってきた。最近はアメリカやヨーロッパ外とのネットワークも増え、AAO(Association of Architecture
Organizations,US)、UIA(国際建築家連合、EU)、ANDA(中南米)、シンガポールや台湾など世界各地に発展してきている。
School
Zone Institute は、1987年にArchitecture and Children(建築と子供たち Learning
by Design認定プログラム)のカリキュラムポスター、1991年にteacher’s guide を出版し、アメリカ国内のみならず、日本やヨーロッパやアジアの国々との交流を通してプログラムの普及に努めてきた。2019年にはその功績が認められ、AIA Collaborative
Achievement賞を授賞している。
●
建築と子供たちの哲学:教育学
「環境は宇宙の法則やモノの原理を代表するものであるので、環境を学ぶことにより、すべての学習ができる。我々は環境の一部であり、環境は自然に学びの文脈や場所を作ってくれる。」というアン・テーラー先生の言葉にあるように、建築と子供たちは、環境をもとにした総合学習といえる。基本にしている教育学は以下の通りである。
・Multiple Intelligence(多重知能)1
・Interdisciplinary Curriculum(学際的なカリキュラム)
・Rubric Cube Model(ルーブリックキューブモデル/総合学習)2
・Ecosophy(エコソフィー/環境の調和のための哲学)3
・Taxonomy of Learning Process(学びの分類学)4
・Design Studio Model(デザインスタジオモデル)
・The Learning Environment(学習環境)
註1:人間は、言語的知能、論理数学的知能、空間的知能、身体運動的知能、音楽的知能、対人的知能、内省的知能、博物的知能の8つの知能を持つというハワード・ガードナーの多重知能論
註2:色ごとに綺麗に整頓されたルービックキューブは、国語、算数、理科、社会などの教科に分かれた教育を示すと考えられる。他分野にまたがる総合的な教育を目指す建築と子供たちは、色ごとに綺麗に整頓されないルーブリックキューブによって表現できる。総合的な教育とアメリカの指導要領ルーブリックを合わせてテーラー先生により名付けられた。
註3:ノルウェーの哲学者アルネ・ネスが、サスティナビリティに導く価値やつりあいを求めた“ディープエコロジー”という概念を表すために創り出した言葉。
註4:観察と感覚的な発見、コンセプト形成とスキル習得、創造的問題解決、価値評価、スチュワードシップを繰り返し、学習者は物理的環境での発見を観念/思想に変換していくという学びの過程をシステム化したもの
● 建築と子供たちの哲学:学びの分類学
建築と子供たちは、BODY(身体)、MIND(知能)、SPIRIT(心)を使った多角的な学習プロセスのモデルであり、子どもたちは建築と子供たちを使ってすべてを学ぶ総合的な学習者となる。
・BODY:五感、体全体の動き、器用さ、健康
・MIND:概念設定、言語と技術、認識と創造力、科学的な方法の利用、環境を読む/知る力
・SPIRIT:創造的な自己表現、価値観と貢献、自己と社会的発展、多文化の理解と尊重
● プログラムの基本構成:学習環境
建築と子供たちのような総合学習には、創造的な学習環境を提供するよう心がけなければならない。例えば、学習環境をデザインスタジオのようにしつらえると、以下のような学習/活動が可能になる。
・子どもたち自らが、作業し、道具材料を選び、終わったら片付けるなど、自主的な活動ができる
・材料(トレーシングペーパーや模型材料など)と道具(マーカーや三角スケールなど)の使い方を学ぶ
・室内作業と室外作業を効果的に利用する
・環境を学習のツールとして活用する
・ピンナップ展示で視覚的に見せながら発表する
・テクノロジーを利用する
● プログラムの基本構成:A&C活動内容例
基本型
・視覚言語とコミュニケーション
・デザインを整理する原理と自然のパターン
・断面図の基礎、スケールと抽象画
・建築の決まり(平面図、立面図、断面図)
・建築模型作り ・構造デザイン
応用型
・サスティナブル ・複雑な構造 ・文化的内容(歴史的建築保存など)
・インテリアデザイン ・都市デザイン
など、もう少し複雑な内容を入れ込む
● プロジェクトの展開
建築と子供たちの内容を計画する時は、誰が誰に教え、何をどこで、どのように教えるのか、また、なぜそれをそのように教えるかを検討するべきである。
WHAT(何を):・概念 ・内容 ・背景 ・技術 ・作品
WHO(誰が/誰に):・参加者(子供か、大人/教育者か)
・ファシリテーター
WHERE(どこで):・敷地設定 ・学習環境
HOW(どのように):・デザイン過程 ・学習サポートシステム ・評価
WHY(なぜ):・目的 ・利点 ・効果
● プロジェクトの展開
運営側には、準備段階とプログラムを行う段階のそれぞれにおいて、以下のようなことが求められる。
準備
・レッスンプラン ・材料/資料 ・場づくり ・役割分担
プログラム中
・プロジェクトの紹介/把握/表現 ・指導 - 資料、制作法、技術、思考法
・デザインの選択/決定 - 自分で考えるようにする ・手助け- 具体化、イメージ化
・チームワークとグループ構成 ・片付け
● 教育とのかかわり:体験と教育
それぞれのプロジェクトが何を教えるためにあるのか、熟考する必要がある。例えば、構造デザインは、橋など、作った作品が壊れるまでテストし、実際に見たり、触ったりすることができる。このプロセスを、面白かったという単なる体験ですませるか、または、子供たちにそれをよく観察し、記録、分析させるように工夫するかは、教える側にまかされており、それにより子供たちの学習内容の深さがかなり変わってくる。
内容:・テーマとトピック ・デザインのアイデア ・デザインのルール
背景:・プロジェクトを総合的に把握する ・デザイン過程のシミュレーション
・モチベーションと雰囲気づくり
技術:・ボキャブラリー/コンセプト ・五感を使う、手を器用にする
・視覚的/空間的思考法と表現法 ・ブレーンストーミング/シャレットの活用
・デザインの過程を学ぶ
作品:・コンセプトの説明文 ・スケッチ、図 ・模型
・プレゼンテーションボード ・スタディモデルと途中の作品
模型の橋に壊れるまで荷重をかけ、その様子を観察し図に表現する |
● 発表/プレゼンテーション
多くの学習者や教育者が、自分の作品を見て、発表/説明し、評価することの大切さを知らない。作業をしている机の上だけでは自分の作品やそのデザインプロセスを本当の意味で評価することはできない。だから、いろいろな場面で、様々な方法で、自分の作品と向き合うことができるよう、時間と場所をセッティングしてあげるのは、ファシリテーターの役目である。子供の場合は、最後の発表などは、親も参加できるようにするとよい。
発表方法 :
・デスク クリティーク ・ギャラリー方式 ・グループ プレゼンテーション
・フォーマル プレゼンテーション
展示方法 :
・プロセスを含めたすべてを展示する(見せてあげることの大切さ)
プレゼンテーションの練習:
・何を発表するのか?(見えないものの発表:思考、体験、変化、)
保護者/ゲストの役割:
・何を見てほしいか/どのように参加してほしいか
● 評価
評価まで含んだプロジェクトはそうないが、今後、建築と子供たちのような活動がなぜよいのか、何か効果があるのか、といった一般の疑問に答えていくためにも、評価というのは大切である。さらに、ファシリテーターとして、プロジェクト自体の評価をし、今後の活動用に内容改善をしていくには、この評価表1はとても便利である。
註1:アン・テーラー博士によるポートフォリオアセスメント。コミュニケーション力、想像力・革新力・創造力、プロセスの理解、細部と全体的な美しさ、技術力の5項目の評価基準
● 事前質疑1:ワークショップ実施時の心がけ、工夫、ポリシ―について
【ワークショップ実施時の心がけ】
何をしようとしているのか?何が一番大切か?をはっきりさせておく必要がある。
・何を学んで ・何を体験し ・何を考え ・何を制作してほしいのか
教師ではなくファシリテーターとして行動する
・考えていることを視覚化する ・お互いの意図を伝える
・自分で行動し決定させる ・チームワークを促し一緒に考える
【ポリシー、工夫の例】
・鉛筆を使わない(間違いを消さない、考えの記録を残す)
・トレーシングペーパーをうまく利用する(アイデアを重ねる)
・言い方を良く考える(例「”橋”をデザインしてね」と伝えるか「A-Bを渡すものを考えてね」と言うか。考えを制限しない問いかけの工夫が必要)
・3次元をうまく利用する(絵を描くより、模型の方が形になりやすい)
・色を使うか使わないかを考える(色がない方が良い時と、色があった方がよい時とがある)
● 事前質疑2:年齢制限と年齢による教え方の違い
多世代のプログラムが目的でない限り、基本的に子供のワークショップは、年齢によって制限が必要となってくる。幼稚園と小学校ではかなり違いがあり、例えば、高校生ともなってくるとデザインだけでなくコンセプトも教えることができる。全く同じデザインでもプロジェクトの持っていき方や話し方、どこまで教えてどこまで教えないか、全体の流れなどが変わってくる。同じ年齢でも、学年によって内容が決められている教科と違い、個々の想像力、手の器用さ、視覚/空間能力などがかなり違うので、そういった子供の発達レベルを見極めながら、運営していかなければならない。
・プロジェクトの目的と学習内容の違い(最終作品は同じであったとしても)
・興味の持たせ方(子供にやりたいという気がないと難しい)
・性別/その学年で流行っていること/学生の環境を考慮する(相手を知る)
・話しの持っていき方(相手の立場で考える)
・時間配分のバランスや段取りの仕方(どこまで教えて、教えないかを考慮する)
・作品のサイズとスケール(個々の能力の差を見極める)
・場所設定(デザイン敷地の面白さ、学ぶ環境、教える環境をうまく利用する)
・難解度/問題解決の複雑さ(考えることや計画することの楽しさを教える)
・自由度/柔軟性の区別(できることではなく、やってみたいことをさせる)
・チームワークの手助け(アイデアやデザインを共有することの楽しさを教える)
● 事前質疑3:創造力とは?
創造力は、備わった能力というより毎日の習慣であり、以下のような様々な能力を駆使しようとする力と考えられる。
・行動力:デザイナーでも日々訓練しているし、長年かけて創造力を養っている
・何かを構築する力(見えないものと、見えるものの両方を含む)= デザイン力
・想像力(ないものを夢みたり、現状で満足せず次を探したり、改善することができる)
・収束的および発散的思考(いろいろなアイデアを出し、物ごとの詳細を考慮しなが
らも、シンプルに全体をまとめることができる)= 量産、スピード感、効率性
・観察力(見ることや感じることを大切にし、状況を把握することができる)
・形にする力(見えないものを、自分や他人に見えるようにすることができる)
・企画力(段取り力と計画性がある)
・問題解決力(問題を解決するだけでなく、利用することができる)
・柔軟性(曖昧なことやわからないことがあっても物事が進められるし、様々な試行
錯誤ができる)
<ワークショップ“ペーパーストラクチャーをつくろう”>
講演が終わると、参加者はペーパーストラクチャーをつくるワークショップを体験しました。材料は、5色の色紙、コピー紙、台紙用ケント紙。道具は、ハサミ、カッター、カッティングマット、定規、カラーマーカー、黒マーカー、ホチキス、ノリ、メンディングテープ少々。どのようなものを作るのかは参加者の自由ということで開始。「2次元は得意なんだけど、3次元はね~」といいいながらゆっくりペースで進める人や、どんどん形にしていく人など様々でしたが、許された時間をいっぱいに使ってどなたも作品が出来上がっていきました。
終了後、出来上がった自分の作品を、建築と子供たちのポートフォリオアセスメントに照らし合わせ評価しながら発表していきました。
参加者からは「つくったものを改めて見て、自分の考え方の特徴を感じた」という感想が出されました。これに対し酒井さんから、「子供たちとのワークショップでも、つくった作品を通じて子供たち自身のことについても知ることになる」というお話をいただきました。
最後に質疑応答の時間。参加者のみなさんからは、「親へはどのようなアプローチをしているか?」「年齢によって適するプログラムはあるか?」などの質問が挙げられました。
酒井さんからは「親などへも教育の意図を伝えて何が養われるのか、なぜこのようなことが大切なのかを伝える」「親自身が家庭で環境づくりをできるように環境の作り方を教える」「教える側のフィーリングが子供たちにも移るので、実施対象とする年齢も自分の興味関心が合う年齢からスタートしてみてよいのでは」というアドバイスがありました。
仙台のメンバーにとっても、建築と子供たちの理念や哲学、プログラムの展開や運営などで大切にすべきポイントなどを改めて認識する機会となりました。
また、関西の方々と、こうして交流ができたことも貴重な経験でした。今回の講演とワークショップを快く引き受けていただいた酒井さん、本当にありがとうございました。
完成した作品を集めて発表 |
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