2021年10月3日日曜日

「蔵で堤人形」絵付けわーくしょっぷ

 2021年10月3日(日)

若林区南材木町にある旧丸木商店の店蔵を会場に、来年の干支<寅(トラ)>の堤人形の絵付けを、日本建築家協会東北支部宮城地域会との共催で実施しました。

奥州街道沿いに残るこの店蔵は、仙台市の「杜の都景観重要建造物等」にも指定されています。2011年の東日本大震災で被災しましたが、近くの南材木町小学校の子どもたちが復興を願ってデザインした、ユニークな〝紋″で飾られ復活しました。これまで建築と子供たちネットワークでは、この店蔵を保全・活用する活動を行ってきました。

旧丸木商店店蔵が会場の絵付けは2年ぶりとなります。昨年度は残念ながらコロナ禍の影響で開催できませんでした。今年はコロナ禍を考慮し、人数を絞っての開催です。

集まった11名の参加者に、つつみのおひなっこやの佐藤明彦師匠が、丁寧に指導してくれました。太さの異なる3種類の筆を使い、黄色、黒色、朱色、白色の4色で絵付けを進めます。

まずは真っ白い生地の堤人形を黄色で全体を塗りつぶします。その次の工程、黒い模様がポイント。ぐるぐると円を描くダイナミックな模様をうまくかけるかな?お手本を描く師匠の筆遣いに、全員が見入ります。黒い模様が入ると、一気に寅らしくなります。試行錯誤しながら黒い模様を入れ終わったら、朱色で口・耳・鼻、白色で目・ひげなどに模様を入れ、最後に目と尻尾を黒色で描き、完成です。

最後は全員の作品を集めて記念撮影。個性あふれる鮮やかな寅が完成しました。秋晴れの良い天気のなか、ゆっくりと楽しみながら絵付けすることができました。来年度こそは、コロナ禍が落ち着き、多くの方々に楽しんでいただけると良いなと思います。

絵付け前の真っ白な堤人形

寅のからだ全体に模様を描きます

たくさんの鮮やかな寅が完成しました

自分の作品を持って記念撮影

2021年9月28日火曜日

台原小学校3年生総合学習「台原のひみつ大発見!」

 2021年9月28日(火)

台原小学校3年生は、毎年、学校で土鈴をつくり、堤町まちかど博物館での見学と土鈴の窯出しを行ってきましたが、今年はコロナ禍のため土鈴づくりが取りやめとなり、博物館の見学のみが実施されました。

今年の3年生は3クラス95名。密を避けるため、クラスごとに時間をずらして堤町にやってきました。各クラスは3グループに分かれ、登り窯、つつみのおひなっこや、堤焼展示室(佐大ギャラリー)を順に巡りました。

<登り窯にはどんなひみつがあるのかな?>

登り窯では、佐藤吉夫師匠やネットワーク仙台から登り窯の歴史や構造などについて話を聞きました。

  • 窯は、大正7年にできて今年で103才になる。昭和40年代までこの窯で堤焼が作られていた
  • 6つの窯が連なって階段状に登る形なので、六連の登り窯と呼んでいる
  • 焚き口が下にあり、熱い火は上に登っていく仕組みになっていて、一度に6つの窯全部に火がつく。たくさんの焼き物を作るのに効率のよい形をしている
  • レンガをアーチ状に組み立てトンネル状にしたボールトという形をしている
  • 東日本大震災で、上から3つの窯が壊れ、大勢の人が協力して復興した。古いレンガと新しいレンガが混ざっている
  • 窯の下に開いている穴は火が登るための空気穴
  • 焼き物を窯に入れたあと、火が外に漏れないように窯の入口をレンガや土で塞いだ
  • 窯の上にのっている木の型はレンガのアーチを作るために使った
  • 窯の温度は1200度まであがる
  • 台原小学校の校庭の下にも焼き物を作る良い土がある
  • 壊れた焼き物は土に戻して作り直しができるのでゴミが出ない

登り窯の歴史や仕組みを聞きました
「焼くときは、入り口をレンガや土で塞いだんだよ」と吉夫師匠
古いレンガはツルツルしているね

<堤人形やダルマはどう作るの?>
つつみのおひなっこやでは、佐藤明彦師匠から堤人形とダルマの作り方について教えていただきました。
  • 堤人形は江戸時代から伝えられてきた型を使って作る
  • 表と裏の2つの型を使う
  • 2つの型のそれぞれに粘土を押し付けてから、2つを合わせて両方の粘土をくっつける
  • しばらく置いてから型をはずすと人形が現れる。中は空洞になっている
  • 人形を乾かしてから窯で焼き、そのあと人形に胡粉という白い粉を塗り、その上に色をつけると堤人形が出来上がる

次に、明彦師匠から「ダルマに使われている材料は何だろう」というクイズが出されました。
「木」「プラスチック」「石」などいろいろな答えがでましたが、師匠は「答えは紙です。ダルマも型を使って作りますが、型は木でできていて、その上に紙を何枚も張って作ります。底になる土台だけは乾燥させた土で作ります」。最後に胡粉を塗り、色を付ける工程は堤人形と同じだそうです。
「型をはずすと堤人形が出てくるんだよ」と明彦師匠

<堤焼クイズに挑戦しよう!>
最後に回ったのは堤焼の展示室です。子どもたちはクイズの紙を手に張り切って入ってきました。台の上に乗っている堤焼の数々を見て、クイズの堤焼がどこにあるのかを探し、その使い方を当てるのです。

クイズは次の3つです。

A:鬼瓦は家のどこに置かれましたか
  1.  キッチンのかべ
  2.  屋根の上
  3.  トイレのかべ
B:大がめは何をいれて使いましたか
  1.  水
  2.  お酒
  3.  お風呂のお湯
C:これは何に使うものですか
  1.  植木ばち
  2.  花びん
  3.  冷たいごはんをあたためる
鬼瓦はすぐに発見。おかれた場所は、屋根の上が一番多くて、キッチンのかべという答えもありました。大がめは、「お風呂のお湯」が多かったのですが、「水」と正解を答えた子もいました。
そこで、「水道がなかった昔は、井戸から水を汲んできてかめに溜めて料理や洗い物に使った。水汲みは子どもの仕事だったんだよ」と話すと「えーっ、重いよ」。Cでは、「花びん」と言う子に、友だちが「でも底に穴が開いているので水が漏れるよ」。結局植木鉢と答えていました。そんなやりとりのなかで、「冷たいごはんを温めるもの」と本当の使い方を当てた子もいました。
この中に冷たいご飯を入れ、湯を張った器のなかにざぶざぶとつけて、引き上げるとご飯が温まる「湯通し」という道具であることを話すと、電気も電子レンジもない時代に暮らした人々の知恵に、子どもたちは「昔の人は頭がいいね」と感心しきりでした。
クイズの堤焼を見つけよう
大きいカメはお風呂のお湯を入れたのかな?
隣で鬼瓦が「わかるかな?」

「湯通し」は昔の電子レンジだね

どの場所でも熱心に話を聞きメモを取っていた子どもたち。
見学を終えると笑顔で手を振りながら元気に学校に戻っていきました。

2021年9月2日木曜日

台原小学校3年生総合学習「台原の達人になろう~土鈴づくり窯出しワークショップ~」

 今年で15回目になる土鈴づくりは、コロナ禍で開催を危ぶまれる中、子どもたちや先生たちの熱意で開催されました。全国どこでも各イベントが中止、延期のオンパレードの中、開催のオファーは来ないでしょう、と思い始めた6月2日になって、3年生の先生から連絡がありました。何もかも学校行事が自粛の中、遠慮がちなご依頼でしたが、こんな状況だからこそがんばろう、とお引き受けしました。

7月14日(火)

 学校で行った土鈴づくりは、3密を避けるため、いつものブルーシートはやめて、一人ひとり持ち寄ったレジャーシートに座って行いました。子どもたちはもちろん、参加者全員がマスク着用です。

 指導してくださる佐藤明彦師匠と吉夫師匠も、もちろんマスク。できるだけマイクを使って指導をして、最後の手直しの時にはいつもの倍広くした机に、透明プラスチックのシールドを立てました。順番待ちの時も距離をあけて待ちました。

 そうやって出来上がった、思いおもいのデザインをこらした土鈴は、いつものように堤町まちかど博物館の体験窯で焼かれ、子どもたちが窯出しにやってくる日を待ちました。


9月2日(水)

 酷暑が心配される中、その日は願ってもない曇りの天気。午前10時に子どもたちが早めにやってきた声がし始めました。短めの全体説明の後、登り窯を見るクラス、今年から佐大商店のお店に展示することになった堤焼と、古い堤人形を見るクラス、おひなっこやの堤人形を見るクラスと3つに分かれて見学です。3密を避ける工夫はそれぞれの場所でなされました。

 登り窯では、震災で壊れた登り窯をみんなで復興したことを聞き、新しいレンガにまじって、長い間高温に焼かれてつるつるになった古いレンガを触ってみたり、熱い火が上っていく仕組みを見たりしました。

6連の登り窯のお話を聞きます
窯の中に入ってみよう
ツルツルしているのが古いレンガだね

 お店の展示室では、3つのクイズが用意されていました。

 ①この焼き物は家のどの部分にありましたか?(鬼瓦)<答え:屋根>  
 ②これには何を入れましたか?(大甕)<答え:飲み水>  
 ③これは何につかいましたか?(湯通し)<答え:冷ご飯を温めた>

 子どもたちは堤焼の形や色に見入ったり、展示している中で最も古い、江戸時代の堤人形「谷風」を見て驚いたりしていました。つつみのおひなっこやでは明彦師匠のお話をきいたり、製作途中の堤人形に見入ったりしました。

展示室で堤焼のクイズに挑戦
谷風の堤人形もチェック
つつみのおひなっこやで、明彦師匠から堤人形の作り方を聞きます

 最後に、楽しみだった窯出しです。間隔をあけた列が長かったので、灰落としはしませんでしたが、一人ずつだいじそうに出来上がった土鈴をケースに入れていました。

土鈴はうまく焼けているかな?
窯出しは一人ひとつずつていねいに 右端は窯出しを見守る吉夫師匠

2019年11月11日月曜日

堤町再発見~堤町まちものがたり2~

20191017日(水)

仙台市三本松市民センターが主催する標記講座において、堤町まちかど博物館の六連の登り窯(2017年杜の都景観重要建造物等指定)の再生活動についてうかがいたいとの要望があり、センターに出かけてまいりました。参加者は、講座受講者と、登り窯を所有する佐大商店の佐藤邦子さんを含めて11名の方々。堤町まちかど博物館設立の経緯、震災前の活動、震災からの復興、震災後の活動について話をさせていただきました。
熱心に話を聞いてくださった参加者の皆さん
<堤町まちかど博物館設立の経緯>
三本松市民センターさんとのコラボは、1994年の「こども建築教室」に遡ります。その後1997年に、「堤町親子探訪」をお手伝いすることになり、ルートを下見しているとき、佐大窯の登り窯(大正7年築造)と、窯元の佐藤達夫さん(堤町まちかど博物館初代館長・佐大商店前店主)に巡り合いました。達夫さんによると、1981年に廃業したあとも、いつかは町の資料館にしようと、登り窯と隣接する旧作業場、江戸時代からの堤焼や堤人形、つくりかけの焼物、釉薬、焼物道具、人形型など、堤焼や堤人形に関する一切のものに手を付けず大切に守ってきたのだそうです。しかし、この場所は、都市計画道路川内南小泉線(2013年廃止)の中にすっぽり入っていて、いずれ壊される運命にあると嘆いておられました。
その後私たちは、計画道路は10年後まで着手されないことを知り、その間だけでも、ここを整備し、資料館として公開したいという達夫さんの夢をかなえてあげようと活動をはじめました。
20016月、佐大商店、つつみのおひなっこや(博物館敷地内の堤人形工房)150人を超える大学生や市民、ネットワーク仙台が力を合わせて清掃や展示物の整備に汗を流し、堤町まちかど博物館はオープンしました。

達夫さん(左端)から堤焼と登り窯の話を聞く

博物館の開設準備に励む大学生たち
<震災前の活動>
開館してからも、傷んでいた窯の土壁や上屋の屋根の修復を重ねていきました。2002年には、周囲が住宅街となった今では焼くことができない登り窯の代わりに、焼物が体験できる小さな窯を作りました。2003年には、敷地の北側に立っていた藩政時代の関税所役宅の御仲下改所(おすあいどころ・2001年夏解体)を記念した説明版を設置して博物館の展示に加えました。
博物館は、子どもから高齢者まで多くの人々に親しまれるようになりました。とりわけ、小学校(台原小、南小泉小、立町小、東長町小、沖野小、東二番丁小、八本松小、荒巻小等)の総合学習や子ども会活動としての焼物づくりや堤人形の絵付けなどの体験が盛んに行われるようになり、教育の場として活用されてきました。
登り窯の焚口脇に体験窯をつくる
御仲下改所跡に記念板を設置
焼物づくり体験ワークショップ










2019年11月10日日曜日

<震災からの復興>
20113月、博物館は東日本大震災により登り窯の半分がつぶれ、貴重な堤焼のいくつかも壊れるという甚大な被害を受けました。無残な姿に解体も止むを得ないかと思われましたが、達夫さんの奥様で、2代目館長の佐藤はつみさんの、「亡くなった主人が大事にしていたものだから、この窯を元に戻したい」というお気持ちをうかがったとき、登り窯を復興させなければとみんなで立ち上がったのです。
 複数の団体や個人からの資金援助をいただきました。その中には、アン・テーラー先生(建築と子供たち創設者)をはじめとする米国の建築と子供たち関係者の方々、広島の陶芸家の方々なども含まれています。
20117月から、60名の子どもたちや、佐藤吉夫さん(堤人形作家・つつみのおひなっこや)をはじめとする地域住民、市民有志など延べ430名の方々の協力を得て、崩れた3房を再生する作業に着手しました。まずは、レンガを再利用するため、崩れ落ちたレンガに固く付着していた粘土を斫りました。台原小や吉成小の子どもたちも必死に手を動かしました。斫り終わってみると、形や大きさがばらばらな56種類ものレンガから成っていることがわかり、修復を重ねてきたであろう窯の歴史と窯元の苦労に想いを馳せました。不足したレンガ2000個ほどは、将来窯に火を入れることも考えて耐火レンガを購入しました。
次は、レンガから斫りとった土やレンガくずを、どんづきという昔ながらの道具を使ってつぶし、ふるいにかけて土を作る作業です。吉成小の子どもたちが土埃にまみれながら手伝ってくれました。出来上がった土は、のちに耐火モルタルを混ぜてレンガの接着に使うとともに、窯の保護土としても使いました。
準備作業を終えると、築窯師の佐藤時朗さんを浜松から迎え、焼物づくりの職人も加わり、窯積み作業が行われました。私たち手元は、古いレンガを磨き、大きさごとにレンガを並べ、指示された通りのレンガを差し出す役目です。
 まずは、窯の立壁にレンガを積み、アーチ部分は型枠(古い型枠と新たに作った型枠を利用)を使い、その上にレンガを積んでいくのですが、左右両方からレンガを積み最後はキーストーンとなる台形のレンガをはめこみます。その直後に支柱を叩いて型枠を一気に落とすとレンガがせり持ってアーチが安定しました。
 約1か月間の窯積みが終わり、時朗さんは浜松に帰っていきました。その後は、窯に土を塗る仕事が待っていました。土づくりを手伝ってくれた吉成小の子どもたちが再び来てくれて、窯の壁やアーチ部分に土を塗りました。
6房のうち3房が崩壊
固まった粘土を研ってレンガと土を再利用
どんづきでレンガくずや研りとった土をつぶす
  左 型枠の上にレンガを積んだ窯
中央 型枠をはずした窯    
右 レンガ積みが終了した窯
窯のアーチ部分に保護土を塗る
窯の壁に保護土を塗る
完成した登り窯
201210月、はつみさん、吉夫さん、地域の方々など窯の再生に携わった皆さんが集まり、火入れ式を行い、窯の中でカフェを開き、復興を祝いました。達夫さんも天国から見守ってくれていたことと思います。
窯に火を入れて復興を祝う
復興記念カフェを開催
子どもたちの感想から
・「学校の行事で来た時に見た登り窯とはまったく違っていた。昔の人が手間暇かけて作った登り窯が壊れて残念で、ぜひ復元したいと思った」(台原小学校4年生)
・「窯を直すのにこんな難しかったなんて思ってもいませんでした。でも私たちが直した窯がキレイになって嬉しかった」(吉成小学校6年生)
「震災当時、窯はめちゃくちゃにくずれていたがよくなおせたと思った。
ぼくは修復工事に4回行ったが、何回も行っているうちに工事がとても楽しくなってきた。ものすごい昔からあるこの堤町の佐大ギャラリーと窯は心が和む場所でもあるし、工事しているうちにどろだらけになりながらやっていたこともこれで報われると思います」(吉成小学校6年生)